人見知りが育児を記録していくだけのブログ

面倒臭がりで神経質で人見知りで妄想しがちなただの主婦ブログ

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事故

夫婦間の話、


特にこれといって進展したり発展したり、といった変化はなく、
やっぱりすれ違いや温度差や言葉足らずの場面や、
そういうものは相変わらず存在しています。

ただ、「ああ、このままだとヤバいな」と感じると、
私は「ああ、これはそろそろセックスなりコミュニケーションなり、夫婦だけの時間が必要だな」
と思うようになりました。
こうやって単語で「セックスしなければ」とか言うと、
本当に薄っぺらでただエロいだけの気持ち悪い話になってしまう。

が、悲しいかな昔ほど私と旦那の間に流れる時間は緩やかではないし、
気を抜くとあっという間に渡る場のない流れに遮られてしまうのだった。

昔ならば、
娘が生まれる前ならば、
娘を妊娠する前ならば、
同棲してすぐの頃ならば、

2人明け方まで酒を飲み、共に煙草をふかしながら、
好きな音楽を聴き、このギターはどうだのを語りだし、
夜のつめたい空気を感じながら人間とは、みたいな
そういう青臭い話をしながら時間を共有していた。

とてつもなく、底なしの、無限の、制限のない時間が流れていて、
それが当たり前だと思っていた。
いつまでもいつまでも、2人にはそういう時間も場所もあるものだと思っていた。
そして、見せたくないものは見せなくて良いと思っていた。
私だけが所有し、隠し、怯えていれば良いと思っていた。
旦那だけが隠し、収納し、虚勢を張っていれば良いと思っていた。

そういう生活はあっけなく、雨が上がり数日経った、誰も触らなかった砂場の、
誰が作ったのかも分からなくなった砂の山みたいにパラパラと崩壊した。
パラパラと崩壊しても誰も気づかない。
誰もそこに山があったことなんて、2人のつめたい夜の空気があったなんて知らない。
それくらい無機質でいて凄惨な現場なのだった。

今日、ゴミ収集車と原付の交通事故を目の前で見た。
右折するゴミ収集車に、直進する原付。
おもちゃのように原付ははじかれ、ゴム人形みたいに人間は原付に巻きつき、
ゴミ収集車からは酷い匂いの液体がばら撒かれ、
それでも人間の身体が千切れたり血が出なくて良かった、と思った。

そして、私の娘が無事で良かった、巻き込まれなくて良かった、
そう思った。

この場に旦那がいれば、どうだったのだろう。
旦那がこの現場を見れば、私に何と言ったのだろう。
旦那に私は何と言ったのだろう。
娘はどんな顔をして、私と旦那を見たのだろう。

私と旦那は、
日々、車が2台すれすれで通れる道を通っている。
お互い、車体を少しずつこすりながら、
主に私が旦那に車体をぶつけ、旦那はゆるやかにハンドルを切る。
私がいくら旦那の車にぶつけても、
旦那はとにかく運転が上手で、私がどんな悲惨なぶつけ方をしても
軽やかにすっと、私から車体をねじらせ本線に戻るのだ。



先週、身内が亡くなった。
お葬式に急遽出ることになり、慌てて喪服を買った。
死んだ人間の顔を、久しぶりに見た。
死んだ人間の顔、
死んだ人間の顔、
死にたい人間の顔とは、全然違っていた。
死にたいと言うだけの人間は、あんな色をしない。
あんなふうに、きれいな青い色をしない。

今日、
原付に巻きついたゴム人形みたいになった人間は、
死にたい人間だったのだろうか、
死にたくない人間なのだろうか、
それとも死んだ人間になったのだろうか。

私はこういう日々を巻き込みながら、
たぶん今日も明日も、きっと明後日も、車体をこする。
意思を持たない事故を毎日起こし、死にたくない顔をして、
旦那の車にぶつけるんだと、思う。
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